2017中心市街地探訪106・・山口県萩市 - Best Attraction Ranking by Foreign Travelers





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2017中心市街地探訪106・・山口県萩市


2017中心市街地探訪106・・山口県萩市

島根県境に接する山口県の北部に位置し、面積698.31㎢、人口は48,836人(2017.10.31)。江戸時代、広島から萩に居城を移した毛利輝元が城下町を整備し、以降260年に渡り毛利36万石の城下町として栄えた。明治22年(1889年)の町村制施行では阿武郡萩町が成立し、昭和7年(1932年)7月には市制を施行した。昭和50年(1975年)10月には静岡県下田市と姉妹都市を提携し、近年では平成17年(2005年)3月に近隣2町4村と合併して新しい萩市が誕生した。明治維新で活躍した志士を育てた吉田松陰のほか、高杉晋作、木戸孝允、日本の鉄道の父と呼ばれる井上勝など多くの偉人を輩出した地としても知られている。 静岡県からのアクセスは、東海道・山陽新幹線で新山口まで行き、高速バスに乗り換え新山口駅新幹線口から東萩駅まで1時間8分。または特急「スーパーおき」に乗り換え新山口から益田まで約1時間35分、さらに山陰本線に乗り換え益田から東萩まで約1時間10分。そのほか東海道・山陽新幹線で厚狭まで行き、美祢線に乗り換え厚狭から長門市まで約1時間5分、さらに山陰本線に乗り換え長門市から東萩まで約30分。 中心市街地は、JR東萩駅から阿武川を渡った西側周辺のエリア。 「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」と言われるほど城下町の佇まいが残り、また萩往還の起点である街道の町でもある。城下町には武家屋敷、萩往還には商店街、山の裾野には明治維新の志士たちが残した観光資源が点在し、明倫館や松下村塾などを見ても萩は教育に力を入れていることがよく分かり、その教育こそが近代日本の礎となっている。明治5年9月、新橋横浜間に我が国最初の鉄道が開通したが、当時はイギリスから資金と技術を頼らなければならなかった。そのような状況の中、蒸気機関車や鉄道資材の国産化など外国への依存からの脱却を成し遂げたのは、後の鉄道庁長官となった萩出身の井上勝だった。その鉄道技術こそ日本が植民地化されなかった大きな要因の一つと言っても過言ではない。人を育てる町「萩」は明治維新の立役者だけではなく世界に誇れる日本の鉄道技術も萩にあったのかと。ただただ感心するばかりだった。 【JR東萩駅】 山陰本線が乗り入れ、1日当たりの乗車人員は221人(2015年度)。駅は2面3線の地上駅で、ホームは東側、駅舎が西側。改札口を出ると、駅舎の中には切符売り場などの駅施設のほか観光案内所がある。駅前広場には、タクシー乗り場と一般乗降用スペースのほか高速バスも乗り入れる路線バス乗り場のロータリーが広がり、その一角には萩ロイヤルインテリジェントホテルがある。 【吉田町】 南北約240mに片側式アーケードが断続的に設置されていて、飲食店や萩焼の店などもあった。 【萩ツインシネマ】 【萩商工会議所】 【山口銀行萩支店】 【サンリブ萩】 店舗面積6,013㎡、地上1階と2階を営業フロアとする商業施設。運営する株式会社サンリブは、福岡県北九州市に本社を置き、九州と中国地方に食品スーパーをチェーン展開する企業で、2017年2月期の売上高は2,081億3,051万円。 【萩バスセンター】 【萩往還】 萩の城下町の唐樋札場を起点とし、瀬戸内海の三田尻を結ぶ参勤交代の道として開かれ、また、陰陽連絡道として重要な街道であり、幕末には維新の志士たちが往来する歴史的重要な役割を果たした。 【ジョイフル・たまち】 東西約280m続く全蓋式アーケードが設置されている商店街。田町は、毛利輝元が萩城の築城と同時に進めた城下町の整備として、田んぼであったこの地に町屋敷を建設し、商人を住まわせたのが始まりで、江戸時代から続く歴史ある町。 【西田町通り】 「ジョイフル・たまち」から西側へ約170m続くオープンモール型商店街。 【東田町周辺(歓楽街)】 【旧明倫小学校本館・旧藩藩校明倫館】 旧明倫小学校本館は昭和10年(1935年)に建てられた日本最大の木造2階建ての校舎で、1996年に国の登録有形文化財となった。この地は旧萩藩校の明倫館があった場所で、嘉永2年(1849年)に萩城下から移転して建てられ、吉田松陰のほか井上馨、高杉晋作、乃木希典など多くの逸材がここで学んだ。 【萩市役所】 【萩市民館】 【萩市中央公園】 【山口県萩総合庁舎】 【萩合同庁舎】 【山口県立萩美術館】 【萩城城下町】 江戸時代から続く武家屋敷などが保存され「木戸孝允旧宅」、「高杉晋作誕生地」、「菊屋家住宅」などがあり、明治日本の産業革命遺産の構成資産として2015年7月に世界遺産に登録された。 【JR萩駅】 山陰本線が乗り入れ、1日当たりの乗車人員は66人(2015年度)。駅は2面2線の地上駅で、ホームは南側、駅舎が北側にあり、その駅舎は「萩市自然と歴史の展示館」となっている。展示館には萩市の歴史のほか、鉄道の父と呼ばれる井上勝に関する資料なども展示されている。駅を出ると一般乗降用スペースのある駅前ロータリーが広がり、その一角には「萩市観光協会」がある。 【堀内地区重要伝統的建造物群保存地区】 萩城の三の丸にあたり、かつては藩の諸役所や毛利一門の武家屋敷が建ち並んでいた場所。地区面積は55haで「旧周布家長屋門」や「旧益田家物見矢倉」などがあり、昭和51年(1976年)に全国初の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。今でも屋敷の土塀が数多く残り、土塀越しに見える夏みかんがその時代背景を物語っている。それは、明治に入ってから禄を失った武士の救済措置として夏みかんの経済栽培が奨励され、武家屋敷は畑として利用されたという経緯がある。 【萩博物館】 【萩城跡】 慶長9年(1604年)に毛利輝元が築城を始め1608年に完成し、山を背にして海に囲まれた三角州に建てられている。本丸には高さ14.5mの5層の天守閣があったが、明治6年の廃城令の翌年に天守閣や矢倉などの建物は全て解体された。城内には明治11年(1878年)に創建された志都岐山神社があり、毛利元就のほか萩藩歴代藩主が祀られている。 【女台場】 尊王攘夷を掲げる長州藩による外国船砲撃事件をきっかけに、その襲撃に備えるための高さ3m、幅12m、長さ50mにも及ぶ土塁で、築造では武士の留守中の妻や奥女中の功績が大きかったため「女台場」と呼ばれている。 【浜崎伝統的建造物群保存地区】 水産物や夏みかんの積出し港として栄えた港町で「旧山中家住宅」、「旧山村家住宅」、「旧萩藩御船倉」、「旧小池家土蔵」などがある。地区面積は10.3haで、平成13年(2001年)11月に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。 【松下村塾】 幕末期に吉田松陰が主宰した私塾で、高杉晋作や伊藤博文、山縣有朋など明治維新で活躍した多くの逸材を育てた。吉田松陰の叔父の玉木文之進が天保13年(1842年)に自宅で私塾を開いたのが始まりで、松蔭が引き継いだのは安政4年(1857年)に実家にあった小屋を改造して八畳の塾舎を造り、さらに翌年には10畳半を増築した。当時、この地域の村名であった松本村に因んで松下村塾と名付けられてから約170年後の2015年7月、萩の5資産を含む明治日本の産業革命遺産の構成資産として世界遺産に登録された。松下村塾に隣接して、明治40年(1907年)に吉田松陰を祀った松蔭神社、吉田松陰幽囚ノ旧宅、花月楼と吉田松陰歴史館がある。 【伊藤博文旧宅・伊藤博文別邸】 【玉木文之進旧宅】 【東光寺】 元禄4年(1691年)に創建され、毛利家の奇数代藩主が祀られている。 【吉田松陰墓所】
動画ID:sCJtvYd5sAs
投稿日時:2018年03月14日 18時00分
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