鹿沼ぶっつけ秋祭り 2011年 寺町・蓬莱町屋台の繰り出し - ユネスコ無形文化遺産 日本の祭り33 動画まとめ





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鹿沼ぶっつけ秋祭り 2011年 寺町・蓬莱町屋台の繰り出し


鹿沼ぶっつけ秋祭り 2011年 寺町・蓬莱町屋台の繰り出し

栃木県鹿沼市の「鹿沼ぶっつけ秋祭り」1日目の寺町、蓬莱町の屋台の繰り出しの様子。2011年10月8日(土)18時頃撮影。 [祭りの歴史] 慶長13年(1608年)3月、戦国の世が過ぎ一時荒廃していた鹿沼宿の復興は、今宮神社再建を機に始まりました。この年は、日照りが続き、大旱魃となりました。氏子や近郷の人々が今宮神社に集まり、雨乞いの祭りを三日三晩続けたところ、霊験あらたかに激しい雷雨がおこりました。この霊験を敬い、雨のあがった6月19日を宵祭り、翌20日を例祭とすることになったのが今宮の例祭の始まりと伝承されています。屋台は当初、氏神への奉納する踊りなどの舞台として移動できる簡単な屋根付きの台でした。寛政に入り、付け祭りが盛んになるにつれ、囃子方が屋台の中に入ったこともあり、屋台を作り変えたり、新屋台を作る地域も出始めました。それまでの踊り屋台としての機能は引き継がれましたが、芸場は狭くなり、別に「踊り台」を設けて屋台の前に据え、踊りや狂言を演じるようになりました。この頃からは屋台は黒漆塗りとなり、一部を彩色し、現屋台の祖形になったと伝えられています。 [彫刻屋台] 鹿沼の彫刻屋台は、前面が豪壮な飾り物で飾られている点や、骨組み部分に筋交いなどを有しない構造に特徴があります。二百年の時の流れを経て現在に至っている彫刻屋台が数多く存在しています。この地域は例幣使街道を日光西街道の宿場町であったことから、日光山の彫刻師が冬、仕事がなく下山し、あるいは、日光の帰り道に宿場や村方の依頼により造ったものであるという伝承があります。構造は、単層館型で四つ車、屋根は唐破風つきで、周囲に彫り物が嵌め込まれています。内部は内室と芸場の二室からなり、内室に囃子が入り内室側面に障子を入れ、高覧を後ろに回し、芸場側面に両面彫りの脇障子をれ、屋根は唐破風付きで、棟は箱棟です。屋台の大きさは標準のもので「巾十尺 奥行き十二尺 高さ十二尺」です。 [繰り込み・繰り出し] 祭りの最大の見どころである「繰り込み」。江戸末期より付け祭りの主流は彫刻屋台に移行し、祭りの見せ場は今宮神社への屋台繰り込みとなりました。町内を曳き回された屋台は、祭りの中心である「今宮神社」に集結。参道の道幅に合わせその大きさが決められた屋台が民家の軒下すれすれに進む様は、若衆の運行技術が試される場でもあります。境内にすべての彫刻屋台が勢揃いした様は圧巻です。日没になると、一番町の合図により提灯に火がともされ、「繰り出し」が始まります。漆黒の闇の中、提灯の灯りに浮かびあがる彫刻屋台は、見る者たちを魅了します。 [ぶっつけ] 祭りには2通りの意味を持つ「ぶっつけ」という言葉があります。 主要交差点などで行われる「お囃子の競演」と、9月の上旬に行われる「仮屋台奉納行事」で、例大祭での屋台行事の予行演習的な意味合いを持つ行事です。各町がリヤカーなどを利用して簡単に作った仮屋台でお囃子を入れ神社に繰り込み、例祭に屋台を出す意思を表します。この行事が済むと、例祭の屋台行事に参加する町が確定します。お囃子の競演「ぶっつけ」は、開催両日、主要交差点(路上)において2台以上の彫刻屋台が向き合い、大胴・締太鼓・鉦・笛の構成による囃子方が競演を行うものです。囃子方が屋台の中に乗り込み、屋台を接近させ、お囃子の音量を上げ、他町のお囃子の音につられないように演奏合戦します。実際には勝敗をつけず3~5分間のお囃子合戦をしながら町内が一致団結して盛り上げるという、鹿沼ぶっつけ秋祭りの見せ場の一つでもあります。 ※鹿沼ぶっつけ秋祭りは「今宮神社祭の屋台行事」として平成15年2月に国の重要無形民俗文化財に指定され、10月の第2土曜、日曜日の2日間開催されています。 (2011鹿沼ぶっつけ秋祭り公式ガイドブックより引用)
動画ID:jlkyCBbaKhw
投稿日時:2011年10月9日 01時59分
再生回数:3,244 回
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